おうっ!こ、これは・・・思わず衝動買い!

「さぁ~て、今日の晩飯は何にするかなぁ」と思いつつ買い出しへ。で、牛丼にすることに決め[1]、材料をゲットしレジへ向かう途中、思わず目に入ってしまったブツにロックオン!無意識の内に手に取り、頬ずりをし、気が付いたら買い物かごにin!そのブツとは・・・。

鹿児島県霧島市の地焼酎「龍馬とお龍」!

龍馬とお龍1 龍馬とお龍2

黒麹造りによる本格芋焼酎なり。基本的に焼酎は「芋」と決めているオイラ。しかも幕末ならびに龍馬ファンのオイラにとって、本来ならケース買いしてもいいブツだ。

早速呑んでみたけど旨い!マジで何本かストックしたろか。今日のお昼過ぎに購入し、既に半分呑んじまった・・・。[2]

龍馬&お龍と霧島の関係は龍馬ファンならみんな知っていますが、ご存じない方のためにちょっと説明しよう!

慶応2年1月23日(1866年3月8日)、龍馬は宿泊していた京都伏見の旅籠「寺田屋」で伏見奉行配下の捕り方に襲撃されました。あの「薩長同盟」がなされた翌日でありました。襲撃直前、風呂に入ろうとしていたお龍はいち早く外の異変に気付き龍馬に進駐。その後、奮戦となったのですが、龍馬は右親指に大怪我を負いました。その後、伏見の薩摩藩邸に匿われた龍馬を甲斐甲斐しく介護したのもお龍。それが縁で二人は結婚。[3]

傷の療養も兼ねて二人に鹿児島行きを進めたのが小松帯刀&西郷隆盛。塩浸温泉というところで湯治しつつ、龍馬とお龍は束の間の平穏を取り戻したのでした。この時がこの二人にとって一番幸福な一時であったでしょうね。

結果的にこれが日本初の新婚旅行と言われています。その年の12月4日に龍馬は、姉・乙女へこの時の模様をかなり詳しく絵入りの手紙で報告しています。

“慶応2年12月4日、姉・乙女宛の手紙より”

又温泉ニともにあそバんとて、吉井がさそいにてまた両りづれにて霧島山の方へ行道にて日当山の温泉ニ止マリ、又しおひたしと云温泉に行。~

手紙

霧島山登山の模様を事細かく報告している絵入り手紙の一部分です。右側に描かれている釘状のものが「天の坂鉾」。

長文の手紙なんですけど、現存する龍馬の手紙の中でも嬉々とする龍馬の心情がダイレクトに伝わってくる手紙です。霧島山に登った二人は山頂にある「天の坂鉾」を引っこ抜くという何ともやんちゃなことをしでかしています。

実を言うとこのスーパーでは、長崎の地焼酎「龍馬」を二種類販売していました。まぁ、大河ドラマの便乗なんでしょうけど、これを機に龍馬や幕末史に興味を持ってくれる方が増えたらいいな。

  1. 吉野家風牛丼のレシピを教えてもらったので最近凝っている。 [戻る]
  2. ちなみに今この原稿を書いている時間は午後4時半である・・・。 [戻る]
  3. それ以前に結婚していたという説もあり。 [戻る]
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