「うん、折れてるね」と満面に笑みをたたえて足首をグリグリ回す名接骨医の想い出

また骨折な話・・・。なんとオイラ、小学校の4年生(確か・・・)から6年生の間、地元子供会の野球部に所属していたのさ。当時は一番野球が盛り上がっていた頃じゃなかったかなぁ。休み時間や学校が終わった後に野郎どもは公園に集結し、野球をして遊ぶのが普通だったなぁ。で、オイラはその頃からガタイがデカく、球のスピードが速いというだけの理由でピッチャーをやっておりました。でも、いわゆる「ノーコンW」だったけどね・・・。

あの頃は王さんもバリバリの現役で、田淵幸一W選手、山本浩二W選手、掛布雅之W選手なんかはルーキーとして活躍していてとっても人気がありましたな。オイラはなぜか巨人の新浦壽夫W選手が大好きで、新浦さんは背番号が29、そしてオイラの誕生日も29日だったので当然の如く背番号29を背負っておった。

さて、オイラも6年生になり子供会野球部における最後の試合を迎える事となりやした。日付は覚えちょりませんが、日曜日だったのは確か。天気は日本晴れ!絶好の野球日和であります。

場所は地元にある草野球場だったんだけど、前々日くらいまで雨降りだったため、グラウンドは乾いてはいるものの結構荒れた状態に・・・。

確かオイラがニ打席目の時だったと思う。レフト前にヒットを打ち、「これは二塁打を狙えるかもっ!」と全力疾走。そして、二塁ベースに滑り込んだ刹那、右足首に激痛が・・・。立ち上がってみたものの全く動けない状態になってしまい、そのまま座り込んでしまった。異変に気付いた大人たち(親たち)が試合をストップして駆け寄ってくるのが見えた。

運が良かったことに、同級生のオヤジさんが整体師の仕事をしている方だったのでその場で即診察。曰く、

「うん、大丈夫。捻挫だね」

一気にその場の雰囲気が「良かったぁモード」になったものの、オイラは当然試合には出られる状態ではないのでベンチで観戦する事に。

でも、痛みは激しさを増すばかり&足首が尋常ではないくらい腫れてきた段階で「こ、これはもしかして折れてるんじゃないだろうか?」ということになり再び騒然となった。

父兄のお一人が日曜日でも開業している接骨院が立石Wにあることを思い出してくれて、オイラは両親とともにその接骨院に急行。

その父兄の方のお話によると大変な名医であるとのこと。5分ほど待つと名前を呼ばれ診察室に。子供の目からみてもかなり翁寂びた先生はオイラの右足首を見るや否や満面の笑みをたたえて

「うん、折れてるね」

と事も無げにおっしゃり、おもむろにオイラの右足首をグリグリ回しだした・・・。

「んぼあえっ!」

激痛のあまり身を捩りつつ奇妙な悲鳴をあげたのを覚えちょります・・・。

その後、レントゲン撮影。ちょうど踝の下にある鳥の骨状の細い骨が見事にパッキンと折れちょった。

先生曰く、「ギプスで固めると治りは早いけど、後遺症[1]が出る場合があるから添え木で治療しようね」という事になった。

で、長い松葉杖生活に・・・。一番大変だったのがトイレね。当時うちは和式だったので・・・。

結局、先生から「うん、完治したね。今日で治療は終わりだよ」と言われたのがちょうど骨折した日からぴったり100日目だった。

結構長くかかってしまったけど、さすがに名医と呼ばれることだけはありんした。骨折したのはどっちの足だったっけ?って言うくらい後遺症の欠片もございませぬ。

でも、あの足首グリグリの激痛は今もってトラウマでございますわ・・・。

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