な、なにぃ!新発見の龍馬書簡だとっ!

と、実は昨日とても興奮してしまいました。新聞等でご存知の方も多いかもしれませんが、坂本龍馬の書簡が高知の民家から発見されました!さてさて、どんな内容のものなのかドキドキしながら読みましたら、既知の内容のものでちょっとガッカリ・・・。龍馬ファンなら誰でも知っている有名な書簡です。今回発見されたのはその書簡の草案であり、いずれにしても第1級資料に間違いはございませぬ。

今回発見された手紙はいわゆる草案で、慶応3年10月14日(1867年11月9日)、つまりあの「大政奉還W」前日のものであります。内容はこれまで知られていたものとほぼ同様のもので、二条城には登城出来ない龍馬が、後藤象二郎Wに発破をかけた過激な内容です。(発破と言うより、ほとんど脅し)以下、その原文です。

御相談被遣候建白之儀、万一行ハれざれば固より必死の御覚悟故、御下城無之時は、海援隊一手を以て大樹参内の道路ニ待受、社稷の為、不戴天の讐を報じ、事の成否ニ論なく、先生ニ地下ニ御面会仕候。○草案中ニ一切政刑を挙て朝廷ニ帰還し云〻、此一句他日幕府よりの謝表中ニ万一遺漏有之歟、或ハ此一句之前後を交錯し、政刑を帰還するの実行を阻障せしむるか、従来上件ハ鎌倉已来武門ニ帰せる大権を解かしむる之重事なれバ、幕府に於てハいかにも難断の儀なり。是故に営中の儀論の目的唯此一欸已(のみ)耳(に)あり。万一先生一身失策の為に天下の大機会を失せバ、其罪天地ニ容るべからず。果して然らバ小弟亦薩長二藩の督責を免れず。豈徒ニ天地の間に立べけんや。

誠恐誠懼
十月十三日龍馬

後藤先生
左右

もし「大政奉還」が実現しなかったら、海援隊が将軍(徳川慶喜)をぶっ殺し、ついでにあんたもぶっ殺し、オイラも死ぬ。その時はあの世で逢おうぜっ!ってことです。

まぁ、無事「大政奉還」が実現して慶喜さんも後藤さんも殺されずに済みましたが、龍馬の必死の覚悟がひしひしと伝ってくる書簡です。

今回発見された書簡の写真をご覧ください。

新発見の龍馬書簡

“先生”と書くべきところを“生生”と書いてしまっておられます。

今回この草案は高知の民家から発見されたそうです。まだまだ、知られざる書簡がたくさんあるんだろうなぁ。歴史ファンとしてはこういう発見が今なおあるから面白いのです。久々に興奮いたしましたわ。

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