名取とは名ばかりであり、全ては忘却の彼方へと・・・

“名取”って言っても普通あまりピン来ませんよね。Wikipediaによると“芸道において一定の技能を修得して師匠より芸名を許されること、許された人。また、その芸名のことを名取名という。”とあります。なるほど。何度か書いておりますが、オイラは以前、津軽三味線をやっておりました。(いきさつはこちら)これもちらっと書きましたが、免許も持っております。ですが、竿を折って(?)十数年。今や名取とは名ばかりのものになっております・・・。

高校二年から習い始めて、名取をいただいたのは26歳の時でありました。まぁ、街の小さな民謡の会での名取ですからそんな大層なものではございません。

当時うちの会は某民謡協会[1]に所属していたんですが、この協会では年に1回、資格試験が催されておりました。で、名取をいただくことを機にこの資格試験も受けることにしました。一番上の資格は“教授”という資格なんですが、こちらは既に教室を経営していて門下生も何人かいることが条件となっています。なので、その下の資格である“助教師”という資格にチャレンジしました。試験会場は浅草公会堂でした。

筆記と実技というとても本格的な試験でした。ほとんど丸一日を費やし、その日に合否が発表されます。結局合格し、立派な賞状と墨痕鮮やかに名取名が書かれた木札を拝受。

が、生で聴いた初代・高橋竹山Wの演奏に完膚無きまでに打ちのめされたのと、仕事が忙しくなってしまったこともあり、それから程なくして完全に三味線を封印してしまいました。

津軽三味線は譜面を一切使用しないので、弾き続けていないとあっという間に曲を忘れてしまいます。絶頂期は津軽系以外の曲も含めて50曲は軽く覚えていたのに、現在は1曲も思い出せません。すべて忘却の彼方へと消え去ってしまいました・・・。

三味線は大事に保管してあるので、いつか再開しようと思ってはいるんですけどね・・・。ちなみにオイラの名取名は、

“○○博裕”

です。先生の名前とオイラの世を忍ぶ仮の名前を合成しています。〇〇の部分は先生の実姓をそのまま使用。なんだか小っ恥ずかしいや・・・。

  1. 一番大きな組織だったのですが、財政的な問題でその後消滅。 [戻る]
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