幕末ロマンス

さてさて。大河ドラマ「龍馬伝」も佳境に入ってまいりましたな。このドラマを機に幕末史に興味を持たれた方もおりましょう。幕末志士って映画にしてもドラマにしてもコミックスにしてもアニメーションにしてもみんな“超美男子”に描かれる事が多いわけですが、実際はどうでありましょうか。坂本龍馬W高杉晋作W西郷隆盛W近藤勇Wの写真(西郷さんは絵だけどね)を見る限り、お世辞にも美男子ではありませぬな。土方歳三Wはかなり美男子だと思いまっす。が、もう一人おったわ。奥様も信じられぬくらい“超美人”のあの人です。

桂小五郎(後の木戸孝允W)と幾松(後の木戸松子W)であります。下の写真をご覧あれ。まさに絵に書いたような美男美女カップルでござんしょう?

若き日の桂小五郎と幾松

元治元年(1864年)6月の池田屋事件W、その後の禁門の変Wにより長州藩が事実上朝敵となり京を追い出され、以後、長州人という理由だけで捕縛、もしくは殺害されるような非常事態に。

そんな白刃の上を渡るような危険な状態の中、桂は二条大橋周辺に屯する浮浪者に身をやつし、幕府の動向を探っていました。

当時、幾松は京都三本木の美貌を誇る芸妓として有名で、桂とは恋人同然でありました。危険を承知の上[1]で二条大橋を訪い、握り飯を渡したエピソードは有名ですね。

その後、桂は但馬出石に移り、対馬藩邸出入りの広戸甚助・直蔵兄弟の援助を受けて「広江屋」という荒物屋を開業。幕府の目を誤魔化しつつ京都を監視することに。

が、その間、幾松の消息が一体どうなっているか気が狂わんばかりの桂なのでありました。そして、我慢することが出来ず勘助宛に「京のこと[2]、年内になんとかならないでしょうか?度々のお願い心苦しいのですが、心中お察しください。かなり日数も過ぎているので、どの様な事になっているかわかりませんが、どうか呉れ呉れもお頼み申上げます。それまでは私も辛抱しますので~」と書き、追伸に「京のこと、間違わないように頼み申し上げます」と念を押しています。誠に桂らしい(笑)

そんな紆余曲折を経て維新後にめでたく二人は結婚。ご存のとおり、桂はその後、木戸孝允と名を改めて維新の元勲の一人になりました。幾松は木戸松子と改名。

しかしながら、あれほどタフであった木戸ですが、明治政府内での権力争いに心身ともに疲弊し病を発症。明治10年5月に45歳という若さで逝去。その9年後に幾松こと、木戸松子も43歳という若さでこの世を去ります。

振り返ってみれば、命の危険に晒されていた幕末の頃がこの二人にとっては一番幸せな時期だったのかもしれませんね。

【2012年1月2日追記】
幾松さんはこちらが正しい写真でした。上記の写真は、陸奥宗光W夫人の陸奥亮子Wです。松菊様、ご指摘ありがとうございました。

幾松

  1. 実際に新撰組局長・近藤勇に連行されて、桂の居場所を聞かれたこともあったらしい・・・。怖い・・・。 [戻る]
  2. 幾松のこと。実名を書き、もし万が一この手紙が幕府の手に渡り、幾松に類が及ぶことを防ぐためにこう書いた。 [戻る]
    • 松菊
    • 2012年 1月 2日

    突然失礼致します。

    よく間違われる方が多いですが、この方は木戸孝允さんの奥様ではありませんよ。

    この女性は、「カミソリ大臣」と呼ばれた明治時代の政治家、陸奥宗光さんの奥様の陸奥亮子夫人です。

    「鹿鳴館の華」と謳われるほどの美貌の持ち主だったそうです。

    ちなみにこの写真は、1888年頃、亮子さんが33歳の時に撮影されたものです。

    • Luzia
    • 2012年 1月 2日

    @松菊様
    コメントありがとうございました。

    そ、そうでしたか。この御方は陸奥宗光夫人だったのですか・・・。長年、木戸孝允の奥様だと思っておりました。(滝汗)

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