Y先生のこと

ここ近年、学校の教師による信じられぬ授業が頻発しており、そのことについては以前書いたことがあったっけな。(ここ) 全くどうなっちまってるのかねぇ・・・。で、オイラは自分の過去をちょっと振り返ってみた。そして驚いた。少なくとも中学校までは、出会った先生方の尽く良い先生ばかりだった。特に小学校3年~6年まで受け持っていただいたS先生には、計り知れない薫陶を賜ったと現在も感謝の念を禁じ得ない。そしてもう一人、忘れることの出来ない先生がいらっしゃいました。小学校1年の時の担任であったY先生であります。

小柄でちょっと小太りのおばあちゃん先生でありましたが、髪型はなぜか“襟足刈り上げ&七三ヘア”。一見するとおじいちゃん先生のようにも見えました。

ちょっと話を脱線させます。子供達が何か悪さをした時にあなたならどうしますか?言葉で叱りますか?それとも体罰を与えますか?

行き過ぎた体罰は問題だと思いますが、かと言って言葉だけで叱るのはどうなんでしょう?本当にそれで子供達は反省するのでありましょうか?

オイラは子供が悪さを働いた場合、状況によっては体罰も有りだと思うのですが・・・最近は親がウルサイらしいですね。下手に手を出そうものなら、忽ち裁判沙汰になりかねぇ・・・。

さて、Y先生はどうだったか。

1年生といえば当然前年までは保育園、もしくは幼稚園に通っており、どちらかというとまだまだ甘やかされている身分であるわけで・・・。が、Y先生は何かしら悪さをした生徒には男女を問わずフルスイングの

“ビンタ”

をカマしました。ホッペタに見事な手形がクッキリと浮かび上がるほどに・・・。当然、ビンタをカマされた子供は号泣です。

誠に恐い先生でした。でも、うちの親も含め誰も文句をいう親はおりません。むしろY先生により厚い信頼を抱き、ビシビシ教育して下さいと逆にお願いしたものであります。

実はオイラ。この頃は今では想像すら出来ないほどおとなしく、引っ込み思案な子供でありました。が、1度だけこっ酷くY先生に叱られたことがあります。

休み時間に友だちと一緒に校庭にある雲梯(ウンテイ)に登って遊んでいたのね。これって確かにかなり危険であります。すると、

“こらぁ~~~っ!お前ら何をやっとるかぁっ!”

鬼の形相のY先生がこちらに向かって走って来られました。そして、間髪入れず“パァ~ン、パァ~ン”とフルスイングビンタが炸裂。以来もちろん、雲悌に登ることはありませんでした。

今でもこのシーンは昨日のことのように鮮明な記憶として残っています。これってとても大事なことだと思うのですよ。

Y先生は確かに恐かったけれど、普段はとても優しくお茶目な先生でした。これは今思い出しても笑っちゃうな。

ある日、給食を食べているとY先生がオイラたちの班にやって来て一緒に食べようということになりました。しばらくするとY先生が、

“○ちゃん(←オイラね)、いいものを見せてあげよう”

と言うや否や入れ歯をがぽっ!と外されたのであります。オイラは飲んでいた牛乳を吹き出しそうになり、班のみんなも大爆笑でありました。

Y先生にお世話になったのはたった1年だけでした。その後程なく定年退職され、いつしかオイラの記憶の引き出しの奥の方に仕舞われることに・・・。

それから数年後。中学校に進学したオイラは、「もしかしたらもう引っ越されてしまっているかも・・・」という不安を抱きつつ、思い立って年賀状を出しました。数日後、Y先生から返信がありました。拝読後、オイラは感激のあまり号泣したのであります。

Y先生は当時の呼び方どおりにオイラのことを呼んで下さり、上述のエピソードのことも書かれていたのであります。長い教師キャリアの中で何百何千という生徒を受け持ったはずであるY先生が、たった1年受け持った生徒の記憶を残しているだけでなく、そのエピソードまで書かれるなんて信じられないことです。

オイラは先に書いたとおりおとなしい子供でありましたから決して印象深い生徒でなかったはず。だとすると、Y先生は受け持った全ての生徒の記憶を持たれていたのではなかろうか?そうとしか考えられません。

あれから数十年。恐らく既に身罷れていらっしゃるでしょうね。でもねY先生。オイラは今でも先生から貰ったビンタの味を忘れておりませんし、算数が苦手だったオイラに懇切丁寧なご指導いただいたことも忘れておりませんし、あのお茶目な笑顔もしっかり脳裏に焼き付いております。

先生は今の教育界をどう思われていらっしゃるかしら。きっと“しっかりせんかっ!”と怒っていらっしゃるかもしれませんね。

Y先生と出会えたオイラは果報者であります。

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