叱り方を知らぬ理不尽な鬼母にドン引き・・・叱り方について考えてみよう

この間とても嫌なものを見てしまった・・・。人通りのとても多いとある歩道で母親(見た目は結構若い)が子供(たぶん3歳くらいの男の子)を叱っていたんだけど、衆人環視の中でありながらそれはそれは凄絶であった。何があったか知らんけど聞くに耐えない罵倒を浴びせつつ泣き叫ぶ子供の頭を平手でガンガン叩き、号泣する子供の手を取って引きずるようにして歩くその母親の顔たるや正に“鬼の形相”であり、道行く人たちの多くは“触らぬ神に祟りなし”って態度を決め込んで知らんぷり・・・。てゆーか、オイラもドン引きの極致であった・・・。

しかし、あんまりにも理不尽な感を拭えなかったので諫言した方が良かろうと思いその母親に向かって歩き出すと、その母親の脇をすれ違おうとされたご年配の紳士(謹厳実直を絵に書いたような方だった)が先に諫言をカマして下さった。聞き耳を立てて行方を見守っていたんだけど誠に胸のすくような諫言でありまして、さすがの鬼母も最終的には恐縮していた。下手にオイラが割り込まなくてよかったわ。

子供が何か悪さをしたりすれば親として叱るのが当然でありますが、叱り方っていうものがあるとオイラは思う。人目の多い場所であんな理不尽な叱り方をすれば、子供を精神的にも肉体的にも追い込むだけだろう。

なんて事を考えていたらオイラが子供だった頃、母もしくは父からどんな叱られ方をしたっけかな?と思い至った。

大変意外ではありますが、例の“極道づら”の父親に手をあげられたことはおろか、叱られたことが一度も無いっ!これはマジであります。それはなぜか?

“オイラがいい子だったからっ!”

に他ならぬ。と思う・・・。では母親はどうか?

オイラが記憶している限り一度だけこっぴどく叱られた事がありました。今思い出しても叱られる理由は十分過ぎるほど正当であります。(以下少しキャラクターが変わります・・・)

3歳の時、母親と買い物に出掛けた折のこと。道に一人の傷痍軍人Wの方が松葉杖を手にして佇んでいらっしゃいました。足元には大きめの空き缶が一つポツンと置かれていました。その方には右脚がありませんでした。その姿を見た僕は何のためらいもなく大声でこう叫んだのです。

“お母さん。あのおじちゃん脚が無いっ!”

その瞬間、母親は今まで見たこともないような怖い顔をし、それからとても悲しそうな顔になるとその方の元に駆け寄り、

“子供が大変失礼なことを申して申し訳ございませんでした。”

と深々と頭を下げながら詫びを入れたのでした。その方は「どうかお子さんを叱らないで下さい」と笑顔で僕の頭を撫でてくれました。その時点では事の重大さに全く気付いていない僕。

家に着くまで母親は遂に一言も喋ってくれませんでした。そして、家に着くや否や火の出るようなビンタを見舞われました。突然のことに号泣する僕。

その後、身体に障害を持たれた方に失礼なことを言ってはいけないということを、子供でもわかるように分かりやすく説明してくれた母親の姿は今でも鮮明に憶えています。

とまぁ、多かれ少なかれこういう展開はごくありふれた場面であり、似たような経験をされた方も多いでしょう。でも、冒頭に書いた鬼母のような場面に遭遇してしまうと色々考えさせられることが多い。

やっぱり叱り方っていうのはとても大事ですよね。感情にまかせて叱りつけるのは良くないし、叱った後はちゃんとその理由を子供に説明する義務が親にはあると思うのね。

何だか嫌ぁ~な世の中になっちまったな・・・。

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