敵討

かつて日本において敵討という復讐を行う制度が存在した。江戸時代には法制化され仇討ちと呼ばれた。無論それは原則として手続きを踏んだ上実行され、基本的に親、兄弟といった尊属に害が及んだ場合に限られたが、人が人を殺める殺人行為が正当化されるという法である。法治国家として機能している現代日本においては当然ながら仇討ちは認められない。

現代日本における最も重い刑罰は極刑、すなわち死刑であろう。

基本的に僕は死刑制度には反対である。理由は単純だ。生命剥奪という点では死刑も殺人行為だと思うからである。しかし、個人的な心情を斟酌すると真逆の感情を抱くのも事実だ。なので死刑制度の是非を問うつもりはない。

今日、13年にも渡る長き裁判の末“光市母子殺害事件”の主犯、犯行当時18歳だった少年の死刑が確定した。このニュースを見た時、現在30歳になった被告人Oに対して全く同情しなかった。むしろ“当然である”という感情しか湧かなかったというのが正直な気持ちである。

前述したとおり現代日本では敵討、仇討ちは出来ない。僕がもしご遺族の本村氏と同じ立場だったら、やはり被告人に対しては全力で死刑を希むだろうし、もし叶うのであれば僕自身の手で被告人を屠るのも吝かでない。

が、どのような道を辿ろうとも結局のところ誰も幸せにはなれないのだよな・・・。

  1. コメントはまだありません。

  1. トラックバックはまだありません。

*