表忠碑

文豪、芥川龍之介W泉鏡花W島崎藤村W田山花袋W久保田万太郎Wらとともに東京日日新聞Wの“大東京繁昌記”に昭和2年5月6日から22日まで連載した東京下町の見聞録が「本所両国」のある風景とのこと。恥ずかしながら初めて知りました。今日のタイトルの“表忠碑”の芥川龍之介による記述は以下のとおり。

両国橋の袂にある表忠碑も昔に変らなかつた。表忠碑を書いたのは日露役の陸軍総司令官大山巖侯爵である。日露役の始まつたのは僕の中学へはひり立てだつた。明治二十五年に生れた僕は勿論日清役のことを覚えてゐない。・・・僕は大きい表忠碑を眺め、今更のやうに二十年前の日本を考へずにはゐられなかつた。同時に又ちよつと表忠碑にも時代錯誤に近いものを感じない訣には行かなかつた。・・・

随分前から両国界隈を散歩している時にこの“表忠碑”は目にしていたのだけど、じっくり見たことはありませんでした。

表忠碑

上記のとおり揮毫は大山巌Wである。

大山巌と言えば、志士時代の寺田屋事件W(注:坂本龍馬襲撃事件以前の事件)や維新後の日清戦争Wで陸軍大将、日露戦争Wでは元帥陸軍大将として日本を勝利へと導いた名将として夙に有名な人物である。

この“表忠碑”は日露戦役の戦没者のための慰霊碑です。裏側にびっしりと戦没者の名前が刻まれています。

戦争は嫌だねぇ・・・。なんだかんだ言って平和な世に生きている我々はやっぱり幸せなんだねぇ。

  1. コメントはまだありません。

  1. トラックバックはまだありません。

*