知的好奇心

日本人はオリジナリティに溢れた民族か?と問われれば素直にYesとは言えないのはもどかしい。歴史を振り返ってみればそれは明らかでありましょう。我が日本の文明文化は、殆ど全てが諸外国のオリジナルを元にアレンジしたものとは言えまいか?それが良いことなのか悪いことなのかという是非を問う事は愚問でございます。注目すべきは日本人の知的探究心、もしくは知的好奇心に対する姿勢であります。それは時として命がけの行為なのでございます。

安政元年(1854年)、マシュー・ペリーW日米和親条約W締結の再航した際に、吉田松陰Wは同郷の金子重之輔Wと伴に停泊中のポーハタン号Wへ船を漕いで赴き、乗船後密航したい旨を伝えたものの国交が確立していないことを理由に拒否されました。旧暦3月28日のことでございます。新暦では今日、4月24日です。

松陰は前年のいわゆる黒船来航の折に師である佐久間象山Wとその威容を視察し、西洋文明の凄まじい進歩ぶりにショックを受けて海外留学を志したとのことです。

しかし、その当時日本はまだ鎖国状態にあったわけですから、海外密航は死罪にもなる重罪でございます。松陰は密航失敗の後、奉行所に自首。幸いにも死罪を免れ、故郷の長州へ檻送され野山獄に幽囚されます。

その後、この時の密航事件が原因で時の大老・井伊直弼Wによる安政の大獄Wにより斬刑されたことは皆様御存知のとおり。

志があれば誰でも自由に海外留学が出来る現在からは想像も出来ないことでありますが、たった百数十年前の時代には命がけであったのであります。現代人は実に幸せでございます。(しみじみ)

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