亡き叔父の想ひ出

昨日チラッと触れた建設会社に勤務していた亡き叔父には子供の頃、随分と可愛がって頂きました。うちの母親の姉さんの旦那さんにあたるわけなんですが、当時叔父一家は東中野に住んでおり、折に触れてお互いの家を行き来し、夏休みには山形の田舎にも一緒に行っていました。とにかくこの叔父は陽気な人で、酒が入ると多少人に絡んで面倒な面はありましたが、常にムードメーカー的な存在であり、実に楽しい方でした。オイラが成人後、一緒に飲みに行ったりもしたっけ。

あれはオイラが大学2年の頃だったと思う。

その日、講義が軒並み休講になってしまい、特に用事がなかったオイラは自宅へトンボ返り。ボケ~っとテレビかなんかを観ていた昼過ぎ。家のチャイムが鳴ったので玄関を開けると、叔父が立っているのでした。

「おぉ、○○叔父さん!どうしたんすか?」

と聞くと

「仕事で近くに来たもんだから・・・」

取りあえず家に上がってもらい、しばらく雑談をしていると

「☓ちゃん。三味線弾いてよぉ」

とのリクエスト。

このブログにも書いたことがありますが、オイラは高校2年生から民謡の会で津軽三味線を習っておりまして[1]、この頃は三味線を弾くことが本当に楽しくて、津軽系の曲はほとんど全て演奏出来ました。なので時間の許す限り叔父のために弾きまくったっけ。

もの凄く喜んでくれて、「いいよぉ~、☓っちゃん。叔父さん感動したよぉ」と目に涙を浮かべつつ仕事に戻られた。

その後、叔父一家は新宿区の上落合に引っ越し、お互いの子供たちもみな成人したこともあって、年に一回ほど会うだけになってしまいました。それでも久し振りに会う叔父はいつもテンションが高くて面白さは全く変わっていないのだった。

そんな叔父が10数年前に胃癌を発症。初期の癌ということでホッとし、お見舞いに行こうと日程を調整していた矢先、叔父の訃報が家から連絡があった時は信じられなかった・・・。スキルスW性の癌だったため、入院からわずか1週間後に急逝してしまったのでした。

オイラの勤務先から上落合にある葬儀場までは近かったので、会社を早退してお通夜に。眠っているようにしか見えない叔父の姿を見ているうちに、涙がとめどなく流れ、叔母を抱きしめながら号泣したなぁ。

今でも折に触れて、この叔父の事を思い出します。もっと頻繁に会っておけば良かったなぁ・・・。

  1. 現在は封印中。曲はすべて忘却の彼方へ・・・。 [戻る]
  1. コメントはまだありません。

  1. トラックバックはまだありません。

*