存在とは幻なのかもしれないという妄想について

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昨日、何とか地獄の棚卸しも終了してちょっとだけホッとしているのでありんすが、寄る年波で疲労が蓄積しまくっているワタクシでございます。

昨夜帰宅し、焼酎を牛飲していい感じに酩酊しておりましたら突然、「人間は一体何のために存在しているのだろう?」という疑問を抱き、その流れで上橋菜穂子先生の傑作ファンタジー、「獣の奏者1:闘蛇編」で主人公のエリンが、カザルムの王獣保護場に編入学する際に受けた試験の作文の中で


自分はこの世に生きるものが、なぜこの世にあるのかを知りたいのです。生き物であれ、命なき者であれ、この世にあるものがなぜそのようにあるか、自分は不思議でなりません。

ということを書いていたことを思い出し、更に妄想が発展したワタクシは「地球という星は何の目的で存在するのか?」とか、「そもそも宇宙という広大無辺な空間はなぜ存在するのか?」とか、「つ~か、空間ってどこから生まれたのよ?」とか、「空間が何らかの事象で発生したのなら、それ以前は何が存在していたのだ?」などと妄想の際限が無くなり、脳ミソが虚無状態に・・・。結果、

寝れなくなってもうた・・・。

もしかして、ワタクシたちがいわゆる五感で感じ、存在しているものと認識しているものは全て幻なのかもしれぬ。

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